半落ち(横山秀夫)

このミステリーがすごい!」(2003年 国内編 )第一位受賞作品。また、第128回直木賞の候補になるも、選考会にて「重大な欠陥」があると指摘されて落選したことでも有名。詳しくは知らないが、物語の根幹を成す部分に現行法上実現不可能なところがあるとか。
何が不可能か可能はさておき、本書がミステリにカテゴライズされる作品であったため、選考委員を必要以上に身構えさせてしまったのかもしれないと想像する。ミステリである以上は、選考の前段階として、物語の整合性や辻褄に少しでも疑問を抱かせる部分があってはいけないと。不幸なことに、ミステリは数々の制約によって形作られる物語であるので、仕方のないといえば仕方がない。他方、SF作品は空想の広がる限り何でもありなところはある。
とはいえ、ガチガチの本格ミステリであるならばともかくも、本書は僕が読んだ限りは「人間ドラマに比重を置いたミステリ」であると感じたので、「重大な欠陥」があるとする認識は厳しすぎると思う。更に偉そうなことえをいわせて貰えば、選考委員のその融通の利かなさはどうなのかと。妖怪ミステリの京極夏彦を筆頭に、独自のスタイルで独自のミステリが執筆され、作家の数だけミステリの形があるといわれる昨今、硬い頭のままでは多様化する作品群を正しく評価することは難しいと思うのだが。


さて内容。アルツハイマー病を患った妻に請われるまま、嘱託殺人を犯してしまった警察官。妻殺しの罪を認め自首したものの、犯行から自首までの二日間については何故か黙秘。このような状態を「半落ち」というらしい。
時間の流れと容疑者である元警察官が移送されるに従い、強行犯指導官(警察のお偉いさん)、検事、地元新聞記者、私選弁護士、判事、刑務官と、物語を語る主体も移り変わる。立場が異なる六人。それぞれの立場なりの思惑と功名心、個人的な人生観などを交えつつも物語は進んでいく。最大の関心事である「空白の二日間」の真相は、依然として謎とされたままで・・・。


「このミス」第一位受賞作品ということで、骨太のミステリを期待していたが、読んでみたら人間ドラマだったのでがっかりした。それが正直な感想。基本的に感動モノは肌に合わない。あとは、章によっては過度に独白調の部分があって、そこも気になった。もちろん、そこには語り手の差別化を図る意図があったとは思うが、前のめり気味の文体はあまり好まない。
結局のところ、この小説は容疑者である元警察官の誠実で実直な人柄を様々な視点によって描いたものである。「空白の二日間」の真相もそこに由来するであろうことは、よく考えれば予測出来たことだった。ミステリでありながらも、制約からは解き放たれているのだ。僕の眼が固定観念によって曇っていただけだった。ミステリの多様化を身をもって知らされた作品だった。そして気付かされた。「重大な欠陥」があるとした直木賞の選考委員は自分だったのだと(´・ω・`)