そして誰もいなくなった(アガサ・クリスティー)

絶海の孤島、インディアン島が舞台。U・N・オーエンと署名された招待状によって、十人の客がバカンスに招かれた(内二名は使用人夫婦)。年齢も職業もばらばら。互いに面識もない彼らであったが、実はある共通点が。全員が過去に殺人容疑・疑惑をかけられながらも、罪としては立証されずにいた。「十人のインデイアンの少年」の童謡をなぞらえるように、何者かによって、一人また一人と殺害されていく・・・。


まずは想像力を掻き立てる邦題が素晴らしい。ちなみに原題は「TEN LITTLE NIGGERS」。童謡「十人のインデイアンの少年」は物語の骨子として殺人の連続性と行われ方を示唆し、逃げ場のない孤島で迫り来る殺人者の恐怖感や緊迫感をより高める重要な要素ではあるが、国語の問題ではないので題名にしてはあまりに直球すぎる。結果論だろうが何だろうが、邦題の方が何倍も味わい深い。
最低限度、登場人物に関する描き込みがあるだけで、殆どの頁をインディアン島での事件に費やしている。余計な部分のない、極めてシンプルなミステリである印象を受けた。最近ではミステリでありながらも、登場人物が語る薀蓄や〜論に多くの頁を割く作品が多いように思うので(←印象論)、本書の作りは逆にとても新鮮に感じた。たとえば京極夏彦の作品は、薀蓄のために膨大な量の頁が費やされ、更にその薀蓄がその後の展開に絡んできたりするのだが、回りくどいことこの上ない。京極ファンとしてはそれこそが魅力であったりするのだけど。
文句がひとつ。いったん物語に幕が下ろされた後で、犯人からの手紙という形で解決編がはじまるが、これは完全に蛇足であるように感じた。ミステリの制約として「犯人の正体」や「トリック」が必ず明かされることが求められるが、そういった制約を忘れさせるほど見事に、美しく物語が完結している。解決編はその余韻を台無しにしている。