重力ピエロ(伊坂幸太郎)

遺伝子情報を扱う企業に勤める主人公と、落書き消しを仕事とする父親違いの弟「春」。春がこの世に生を受けたのは母親がレイプ犯に襲われたことに因る。兄弟は世間の冷たい視線を気にすることなく育てられた。両親は二人に分け隔てなく愛情を注ぎ、弟は兄を慕い兄は弟を気にかける。
現在、連続放火事件が町を騒がせている。そんな折、主人公のもとへ次に狙われるのは兄の会社ではないかと春から連絡が入る…。


物語内では頻繁に遺伝子(DNA)に関する薀蓄が語られそれが先の展開に結びつく。遺伝子とは生物学的に親と子の関係を決定付けるもの。それは父親の遺伝子を受け継がない春の存在に関わる問題でもある。DNAをキーワードに放火事件の謎、春の出生問題と収斂以上に全てを結びつける物語の筋立ては見事だと思う。また重いテーマを採用しつつもお涙頂戴路線には一瞥もくれず、しっかりと現実を受け止めた上で前向きな関係を築き上げようとする力強い家族像を描いたことには好感が持てる。作者の気構えを感じることが出来るような気がする。


ネットを見て回ると作者の売りの一つにウイットに富んだ会話が挙げられるようだ。余計な口出しであることを承知で書くが、本書を読む限りそれらの殆どはあまり効果をあげていないように感じる。悪く言えば気障に聞こえるだけ。もしくは周囲の温度を数度下げているだけ。スクリーンの中で欧米人が口にするならともかく、物語内とはいえ日本人が用いるには違和感がありすぎると思う。テレビに小説と、この手の勘違いにはよく出くわす。シチュエーションもなっていない状況で唐突に欧米人の口ぶりだけを真似しても滑稽であるという方向以外にはユーモアは生まれ出ないと思うのだが。本書の終盤での主人公と探偵との会話センスには目を見張るものがあるだけに、乱発による質の低下は勿体無い気がした。
ここからは本格的に蛇足となるが、本作はミステリにカテゴライズされる作品なわけだけど、謎解きと犯人探しという観点だけに絞って考えた場合、いささか拍子抜けの展開であるように思える。作品がつまらないという意味ではなく、謎解きは家族の絆の意義であったり家族愛などの諸問題を強調するための演出でしかないように感じられる。『半落ち』を読んだ際にも感じたことだが、明らかに比重がミステリであることよりも人間ドラマ(もしくは文学)の方に傾いている。読書量が少なく、”ミステリといえば江戸川乱歩京極夏彦”程度の認識しかない僕は戸惑うしかない。
goo辞書で「ミステリー」を検索してみると

ミステリー 1 [mystery]
(2)怪奇・幻想小説を含む、広い意味での推理小説

となる。まさにこれ。江戸川乱歩京極夏彦の作風は怪奇・幻想であるといえる。僕の中の「ミステリ」の定義もこの古さで止まってしまっている。現在のミステリは多様化が進みすぎているので更なるカテゴライズの必要性を感じる。というかして欲しい。