おれに関する噂(筒井康隆)

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 著名作家である筒井氏の著作物は、古本屋にて安価で手に入れることができるので、手頃感があっていい。短編が多く、基本的に平易な文章で書かれているということも、様々な面で彼の著作物に対する敷居を低くしているように思う。
ただ気をつけたいのは、彼が綴る物語の裏側にある含意の存在。本書に掲載されている短編にも、当時の世相や筒井氏を取り巻く状況に関する皮肉や揶揄がおそらく隠喩としてちりばめられていて、たとえそれと気づくことがなくとも、読後に何らかの引っかかりを残しているように思う。

  • 「養豚の実際」。コンピューター診断に基づいたやり方で、編集者によって作家が管理される様を描いた短編。役割を機械的にこなしていくうちに、双方共に主体意識が弱まっていく。
  • 表題にもなっている「おれに関する噂」は、平凡な会社員の日常が、ある日突然マスコミの標的にされてしまう。マスコミがでっち上げる報道価値によって、いいように翻弄される会社員の悲劇を描いた短編。
  • 「講演旅行」。旅行気分で町から町へと渡り歩き、昼は夕刊紙用に少量のエッセイ。夜は毎回同じネタを使いまわすだけの手抜き講演。その後は接待宴会へ。気楽な講演旅行に味を占めた作家が、何気なしにもらした一言によって、日常から隔絶されていく様を描いた短編。

十一編収められている中少なくともこの三編は、当時の筒井氏を取り巻く状況あるいは一般的な「作家」という職業の実態に関しての、何らかの隠喩が込められていたのではないかと感じた。時代相を実感できない現代で古書として読んでしまっては、面白さが半減しているとは思うけども。ちなみに初版発行は昭和五十三年。